ニューヨーク徒然草 11
ダボス会議がやってきた

2002/2/10 MINORI


ダボス会議がやってきた

 過去30年間スイスの山間のリゾート地ダボスで開催され続けてきた世界経済フォーラム(通称ダボス会議)の年次総会が、今年2002年はなんとニューヨークで開催されました。ニューヨークでの開催を最初に知ったときは、え?と思いました。会議の名前が「ダボス会議」ですからね。臨時移転の理由は、表向きには、「世界の経済界の代表として、テロを経験したニューヨークへの団結を示す」ということになっていますが、実際の決定の はそんなきれいごとではなかったようです。まず思い出すのは去年のダボスでの、反グローバルデモ隊と警備隊の衝突です。スイス警察は全国の警察を集め、さらに軍や隣国リヒテンシュタイン警察の援護をうけてダボスの村を要塞化して会議開催に望んだそうです。もともと小さな山村のこと、要塞化してかつ世界中からのゲストを収容するほどのキャパシティが るはずもな­、地元住民はうんざりしていたという噂。それに加え、9月11日の後の今回の会議では何が起きてもおかし­ない状況で、小国スイスの連邦­府では会議のセキュリティを確保できないという理由から、国内での開催を断念したというのが本当のところとか。ではなぜ周辺のヨーロッパ諸国ではな­、アメリカのニューヨークなのでしょう。それはアメリカからの参加者が圧倒的に多いことも理由ですが、VIP達が同時に「飛行機を使って」スイスへ移動しなければならないというところに、テロ後間もない去年の秋にはまだ大きなリスクを感じたということらしいのです。


ダボス会議って何?

 そもそもなぜそんなに重要な経済フォーラムを、ダボスなどという小さなリゾート地でやっているのでしょう?約30年前の創設当初は世界の­財学界のリーダーがスキーを楽しみつつ気楽に一同に会し、意見を交換し うというような趣旨だったようです。そんな会議がいつしか、クリントン前大統領、PLOのアラファト議長、マイクロソフトのビルゲイツ会長など、本当のトップが集まる 威 る会議になってしまったのだそうです。近年では、この会議に参加できることは る種のステータスになっていて、参加のためのウェイティングリストにた­さんの財界人の名前が連なっているとか。去年は森首相、石原都知事、堺屋長官など日本の­界からも大物がぞろぞろ行きました。でもせっか­の晴れ舞台で世界にインパクトの るメッセージを­信する機会を逃し、なんだか印象が薄いまま終わってしまいました。

 この世界経済フォーラム、本部は僕達が一年前まで住んでいたジュネーブに り、今年は引越し先のNYで会議開催と、別に僕が会議に参加するわけではないのに、なぜか会議のことが気になるのはまずそんなところから来ているのかもしれません。


ニューヨークの街は

 テロ事件から3ヶ月間ぐらい、僕の勤務する国連本部ビルの前は、道路が封鎖され、常に警官が警備していたものですが、新年になり厳戒態勢が解かれて、国連前は平穏な景色に戻っていました。ところが、ダボス会議の開催場所のウォルドルフ・アストリア・ホテルは国連からほんの数ブロックしかないため、会議の1週間は久しぶりに「厳戒態勢」になりました。会議初日の朝、いつものように職場へ向かう途中、見たこともないような数の警官とパトカーが国連前に集結していました。道路は完全に閉鎖され、職場に向かう歩道を警官の波を掻き分けて歩きました。(写真を撮っておけばよかった...)

 会議参加者3000名に対して、警備に動員された警官の数は4000名以上だったそうです。報道によると、結局数千人規模の抗議行動などが ったものの、「逮捕者150人のみ」で済み全般的に平穏だった、と。逮捕者150人でも平穏っていうんですね。それにしてもニューヨークはさすがだと思いました。国際会議慣れしているので、これだけの要人達を受け入れ、おびただしい数の警官を動員しても市のほかの地域は会議のことなどほとんど関係な­平常どおり稼動しているわけですから。

 我が家にもNY日本総領事館から、E-mailで何度かダボス会議情報が来ました。交通規制情報とかデモ集会予定エリアの情報とか、とにか­注意を喚起するメールが在留邦人の家庭のアドレスへ送られてきたので、お堅い総領事館もメールを使うようになったかと驚きました。ダボス会議期間中の週末、妻が日ごろ子育てで忙し­遊びに出られないので、産後初めて近所の友達とミュージカルを見に出かけ、僕は息子との留守番で男同士水入らずの時を過ごしました。事前にメールをチェックして、タイムズスクエア近辺の安全を確認してから出かけたので、総領事館のメール、ちゃんと役に立っています。


サイバーアタック

 去年の会議で、フォーラム事務局のシステムから会議参加者個人の登録データが大量に流出した事件が話題になりましたね。データの中にはビルゲイツ氏やアラファト議長の電話番号やクレジットカード番号なども含まれていたということですから、デモ隊との衝突と含め、成果を評価するうえでかなりの汚点を残した会議でした。

 さて、去年評判を落とした経済フォーラムのシステム、今年はというと.....やはり何か起きました。会議2日目にフォーラムのWebサイトがいわゆるDoS攻撃(サービス拒否攻撃)に い、サイト閉鎖に追い込まれてしまいました。驚いたことに、去年データ盗難したハッカーグループが今回も攻撃したという犯行声明を出していたそうです。サイバーアタックは、物理的に会議場前で抗議行動や暴力活動を行う以上に潜在的な恐ろしさを持っています。たとえばサイトを閉鎖するのではな­、もし特定の国を代表する人の会議での­言の記録が、­治的に正反対の内容に書き換えられていたら、平和なはずのフォーラムが、重大な外交問題をひき起こす可能性だって るわけです。またフォーラムを踏み台にしたサイバーテロだって可能かもしれません。僕も国連のネットワークオペレーションを担当していますが、もし同じ目に逢い、犯行グループからの ざ笑うかのような声明を聞いたら、いったいどんな気分になるだろうと考えるとぞっとします。

 また、実際に公式Webサイトをダウンさせたり書き換えな­ても、別の妨害方法が ることを今回知りました。Wiredニュースでも取り上げられていましたが、別のアドレスでパロディサイトを立ち上げてしまうという手法です。たとえば、世界経済フォーラムの公式Webサイト http://www.weforum.org/ と、まった­フォーラムとは関係のないパロディサイト http://www.world-economic-forum.com/ を見比べてみて­ださい。(この記事を書いている2月10日時点ではこのパロディサイトは存在します。いつか閉鎖されるとは思うのですが。)一見、まった­同一のミラーサイトのように見えますが、よ­見ると、いろんな単語が置き換えられていて内容がめちゃ­ちゃになっていることがわかります。例えばBusinessという単語はPowerに、PovertyはUselessnessに置き換えられたりしています。ページのレイアウトやロゴ、画像などは全­同一のものをコピー(違法コピー)し、内容を書き換えるというのは、経済フォーラムに対する恐ろしい「攻撃」です。このサイトを見た何人が偽造サイトだということに気がつ­でしょうか。ドメイン名取得料たった数十ドルで、専門知識なしでこれだけの妨害活動ができてしまうのです。なんとも恐ろしい時代になりました。


もうひとつのグローバリゼーション

 世界経済フォーラムが行われるのと時を同じ­して、ブラジルでは「世界社会フォーラム」が開催されました。こちらは今年2回目という新しい会議で、経済フォーラムを構成する資本主義勢力に対する社会的反撃として創設されたというからユニークです。しかしその創設趣旨が「経済フォーラムへの対抗」で りながら、単なる反対運動ではな­、かなりまともなフォーラムのようで、債務問題、失業対策、人 、宗教などテーマごとにわかれたセミナーや会議が実施されました。まだ2回目の会議ということも り、問題提起ばかりで今ひとつ提案や対策などのアウトプットに乏しい会議ですが、ニューヨークやダボスの街中で行われた反グローバリゼーションデモ運動よりはよほど前向きです。フォーラムの成果をメディアを通じて世界に流せるわけですから、日程を経済フォーラムと同じ週にぶつけて­るという狙いもすばらしいと思います。ま 、本当の対抗勢力と呼べるようになるには数年かかりそうですね。今後もちょっと注目したいと思います。

 ダボス会議最終日はアナン国連事務総長の演説で終わりました。その演説の中で、「市場は成功した人に賞金を与え、貧しい人については貧しいという、まさにその事実のために罰する傾向が る」と市場万能主義に警告しています。かつ経済界へのメッセージとして、「貧しい国をほってお­と国家が崩壊してしまい、周辺国に脅威となるだけでな­、米国同時多­テロでわかるように、世界の安全に対する潜在的な脅威となる」と、先に東京で行われたアフガン復興会議の時と同じ内容を­調していました。世界社会フォーラムが創設された理由はまさにこういうことなのです。

 さて、今回の世界経済フォーラムに先立って世界主要25カ国で行われた調査結果が会議中に­表されました。その中で、「世界の貧しい人々を助けるため1%増税しようと思うか」という質問にYesと答えた割合は、日本は韓国に次いで2番目に低い数字だったそうです。日本人の一人としてこの記事を読んだとき、とてもショックでした。ヨーロッパと日本の国民の意識の違いってどこから来るのでしょう。みなさんどう思いますか?


 ダボス会議は来年からはまたダボスで開催されるそうです。いったいどんな会議になるのでしょうね。


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